【隔勤タクドラ日記18】故郷の景色をゆっくり見たい
こんにちは、隔勤タクドラのはじまるです。
みなさん元気ですか?
私は元気ですよ。
本日も、営業中のタクシーで起きた出来事をお話ししたいと思います。
これは同僚から聞いた話なのですが、「タクシーをやっていて本当によかった」と心から感じた出来事だったそうです。
ある日、タクシー乗り場で付け待ちをしていたときのことです。
ひとりのご年配の男性が乗り込まれ、少し離れた繁華街まで行ってほしいとおっしゃいました。

ここまでは、よくあるタクシーの一場面です。
ですが、その男性は続けて、こんなことを言われたそうです。
「ルートは遠回りでもいいので、できるだけゆっくり走ってほしい」
そんなご依頼は初めてで、同僚も少し不思議に思ったそうです。
タクシーを走らせてしばらくしたころ、思い切ってこう尋ねました。
「今日は観光で来られたのですか? ゆっくりとおっしゃったので、見たい景色があるのかなと思いまして……」
すると男性は、車窓の外を見つめながら、ぽつりぽつりと話してくださいました。
「私はもともとこの町の生まれで、20年前に仕事の都合で宮城県の石巻へ引っ越したんです」
石巻といえば、東日本大震災で大きな被害を受けた地域です。
同僚は胸がざわつきながら、その先の言葉に耳を傾けたそうです。
「引っ越して、ようやく仕事も落ち着いてきた頃に、あの震災が起きました」
「それからは本当に大変で、仕事どころか、生活していくだけで精いっぱいの毎日でした」
「気がつけば十数年が過ぎて、今では定年を迎えました」
「定年したら何をしたいか考えたとき、生まれ育ったこの町をもう一度訪れたいと思ったんです」
「20年という長い年月が経って、この町がどんなふうに変わったのかを、ゆっくり眺めてみたくて。だから今日はタクシーに乗りました」
「本当にゆっくりでいいんです。この車窓から見る景色を、思い出として心に残したいんです」
その言葉を聞いて、同僚は胸がいっぱいになったそうです。
きっと私たちには想像もできないほど、たくさんの苦労や思いを抱えてこられたのだろう。そう感じ、思わず涙が出そうになったと話してくれました。
その後も男性は、窓の外の景色を見ながら、
「ここは昔、何もなかったんですよ。今はこんな立派な建物が建っていて……」
と、懐かしそうに昔の町の様子を語ってくださったそうです。
そうして目的地に到着すると、男性は降り際にこう言われました。
「運転手さん、今日は本当にありがとう。おかげで、いい思い出になりました。あなたのような運転手さんに出会えて嬉しかったです」
そう言って、静かに降りて行かれたそうです。
このあと男性は、さらにいくつかの思い出の場所を巡ってから帰られる予定だったとのことでした。
タクシーという仕事は、本当にいろいろな人生を乗せて走る仕事だなと、改めて感じます。
ただ人を目的地までお送りするだけではなく、その方の思い出や人生の節目に、ほんの少し寄り添うことができる。
そしてその時間が、良い思い出として心に残るのだとしたら、こんなに嬉しいことはありません。
「タクシーに乗っていてよかった」
そう思える、あたたかいお話でした。
それでは、本日もご安全に。


